"窒息で失神する寸前の気持ちよさは、死の直前に感じるものと同じもの
(生体防御反応として脳内麻薬がドバッと出る)
プロレスなんかでスリーパーホールド食らって落ちる時も、それはそれは気持ちがいいらしい
「お花畑で先に死んだ身内に会った」とかいうのも、その幻覚が見せるものだし
ちなみに走馬灯は、本能がなんとか生き伸びようと、過去の経験をググってるところなんだとか
ちなみに、その時の幻覚に尾ひれがついて語り継がれたものが、「極楽」や「天国」の正体
つまり、死に方がよければ誰でも「天国に行ける」ことになる
その一方で、心残りや無念、強い死の恐怖があると脳内麻薬の恩恵が受けられない
死の直前の苦痛の中で見た幻覚、これが「地獄」の正体
日々不満を抱かず、満足して過ごしていれば、いざ死ぬ時にも割り切れる 脳内麻薬もうまく出て
「天国に行ける」
逆に、後ろめたい行いをしてきたり、欲に囚われ不満を抱いていると、恐怖や未練、後悔の中で
「地獄に落ちる」
結局は日々の気の持ちよう次第なわけだが、欲や恐怖に囚われなかなかその域には達しない
そこで、神だの仏だのを作り出し、他者依存で不満や不遇を試練に読み替え
割り切ってきたのが宗教
既存の神仏に頼らず、自ら価値観の転換ができれば「悟り」となり、それを回りに吹聴すれば
「教祖様の誕生」ってことになる"
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